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第1回所沢市民音楽祭開催

当時の平塚市長は、格調高い文化都市創りということで、市民吹奏楽団を創設し、オーケストラに発展させようとしました。しかしながら、さまざまな思惑が絡み、所沢市民吹奏楽団とは別に、所沢市交響楽団と、所沢フィルハーモニー管弦楽団という二つのオーケストラが誕生しました。そこで楽団相互の交流と、音楽文化の発展を願って、1979年所沢市の委託事業として、時を同じくして結成された所沢マンドリンクラブを含めての4団体による第1回所沢市民音楽祭が開催されました。

所沢マンドリンクラブのステージ
自主的運営
1981年の第3回より参加団体を公募制にして、単独では演奏会活動を持ちづらい小規模団体の参加を促し、音楽文化活動の広がりと質の向上を目標に定めました。以来参加者自身の手により、プログラム、ポスターの製作から、当日の舞台運営に至るまで自主的に運営されております。
現在も音楽祭は当初の趣旨を堅持し(合唱を除く)、連盟加盟団体および公募による申し込み参加で行われております。
器楽団体連絡会議結成

(1984年2月19日)
(1983年12月18日)
(合唱連盟が初参加)
また吹奏楽の分野においても、1984年2月には第1回所沢市吹奏楽祭が、所沢市民吹奏楽団を中心に市内小中学校も含めた15団体の参加により開催されました。
1985年の第7回は市制35周年にあたり、合唱連盟も加えて、7時間に及ぶ大音楽会となりました。
時を経るにつれ大きな団体は活動も活発化する一方、市民音楽祭参加団体も増え、それに伴なう各ステージの持ち時間減少から、大人数の団体の出演がなじまなくなって参りました。合唱連盟は再び合唱祭に戻り、さらには器楽のジャンルも増加し、現在はポップス&ジャズとクラシックの部の二本立てになっております。
所沢に新しいホールを
器楽団体連絡合議を中心に、音楽を愛する市民は、新しいホールの建設を望みながら活動を続けて参りました。その間、市民会館の改修請願運動等を通し、リハーサル室の設置や音響反射板の整備等、旧市民会館を所沢市民文化の殿堂として大切に利用して参りました。また、公民館の建て直しにあたっては、付属ホールの充実や防音施工などの工夫により、当市の音楽文化活動は他市に例を見ないほど活発になりました。
また私たち音楽愛好団体有志は、新しいホール建設を求めて広く市民に呼びかけ、「市民ホールを考える会」を結成いたしました。この会は、いく度かの市民フォーラムを開催し、また自主的な視察等も行い、新しい市民文化センターに対する市民の意見をまとめました。もちろん数名の者が建設委員にも任命されておりました。その規模、形状、運営方針等の考えは、現在のミューズに大きく生かされています。また市民38,000名の署名による国への陳情により、市民文化センターの建設推進を決定付けた事も記憶に残る出来事でした。
所沢市器楽連盟設立

我々は、市民音楽祭実行委員会交付金を減額されることの無いことを条件に、文化祭参加を承諾致しました。翌年からは、文化祭実行委員会を通じて、予算支給がなされるようになりました。
1995年、器楽団体連絡会議ではなく連盟組織を作らないと文団連との関係での予算付与が難しくなるとのことで、連盟体を設立しました。さらには、文化祭実行委員会が消滅し文化祭が文団連の事業となるということで、15年度総会で、文団連への加盟を決定し、皆様のお仲間とさせて頂くことと成ったのです。今後とも音楽を通したまちづくりに貢献出来ればと願う私たちです。


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